日中友好協会分裂後、善隣学生会館内の後楽寮の寮生が、壁新聞をはって日中友好協会を批判したときの経過を示す資料です。日中友好協会側からのこれに対する反論が載せられていますが、むしろ壁新聞について、まともに相手をするに値しないものであるという主張が鼻につきます。壁新聞を作成した寮生が、わたしのさまざまな先輩たちであることから、このような傲慢な態度には、カチンと来るものがあります。

2002年4月16日 猛獣文士

壁新聞で協会を攻撃
善隣学生会館内の中国人学生寮組織
「後楽寮自治会」の妨害を排除する

 さいきん、日中友好協会事務所のある善隣学生会館(文京区後楽)の正面玄関に「旧日中友好協会に抗議する」と題する壁新聞が張り出されました。この壁新聞は、善隣学生会館にいる中国人学生寮の組織である「後楽寮自治会」の名で張り出されたもので、日中友好協会と機関紙「日中友好新聞」にたいする、みえすいたデマと拙劣な作文調の中傷をかきつらねています。

 「後楽寮自治会」を名のる中国人学生寮組織の日中友好協会にたいする妨害活動は、昨年十一月からはじまりました。かれらはこの三ヶ月間、いずれも似たりよったりの内容をかきこんだ大型の壁新聞を、善隣学生会館の正面玄関などにたてつづけに張り出し、くりかえし不当な干渉と非難を日中友好協会に加えてきました。かれらは、これらの壁新聞の中で、「日中友好協会とは断絶し、脱走派を断固支持する」「ニセの日中友好協会は善隣学生会館から即刻退去すべきである」などとのべたてています。

 二月五日に張り出された「旧日中友好協会に抗議する」という壁新聞は、稚気あふれるうたずらとばかりいっておれない悪質なものになっています。

 この中国人学生の挑発行為に同調して、同じく善隣学生会館内に店をもつ中華書店、さらにこの建物にいる日中友好協会脱走派を名乗る日中輸出入共同組合員の一部までが便乗して、根も葉もないデマをまきちらし挑発的な壁新聞によって、日中友好協会の活動を妨害するようになってきました。

 また、この壁新聞と前後して、善隣学生会館内の倉石中国語講習会の脱走派の名前で、これまた、事実を極端にゆがめ、うそでかためた中傷とひぼうで日中友好協会をおとしめようとする許しがたい悪質な内容のビラが会館内にバラまかれました。

 山口県の「長周新聞」一派などが、善隣学生会館内におけるこのような反日中友好の破壊活動をほめそやしていることでも分かるように、これは、さいきん日中貿易促進会労組、亜細亜通信労組への暴力行為となってあらわれたもの、日中貿易促進地方議員連盟事務局へのおどし、中国研究所乗っとりの策謀としてあらわれたものとひとつであり、日中友好運動への全面的な挑戦です。

 「旧日中友好協会に抗議する」という見出しで張り出された壁新聞は、「日中友好新聞」を攻撃してつぎのようにいっています。

 「いま祖国では、歴史はじまっていらいの毛沢東主席みずから指導するプロレタリア文化大革命を敢然とおし進めている。七億人民の多くはわきたつような賛意をもってこれにこたえ、党内の資本主義の道を歩むひとにぎりの実権派は打倒され、文化大革命は偉大な勝利にむかっている。ところがあなた方は上にのべていることに反して、一億日本人民が心からこの事実を知る要求をもっていることにもかかわらず、文化大革命のすがたを伝える義務を怠っている。このことは、ブルジョア新聞のまちがった記事を肯定しているのと同じことである。これらのことは、あなたがたが、米帝国主義、ソ連現代修正主義、日本反動派、および蒋一味と同じ立場にたっていることを示している」

 壁新聞のかき手のこのような態度は、いったい、どこから出てくるのでしょうか。どのような権利があって、かれらは、わたしたちにたいするこのような思い上がった干渉ができるというのでしょう。かれらの考えているように日中友好協会の機関紙が編集されなければならない。そうでなければ反中国だなどというのは日中友好運動にたいしてとんでもない思いちがいをしているのではないでしょうか。機関紙「日中友好新聞」は、協会の会員と読者の要求にもとづいて、協会の機関の責任において編集されているもので一部の中国人の思いどおりに編集されねばならないようなどんな理由もありません。このような思い上がった不遜な態度は、日中友好運動を中国に対する盲従運動に変え、協会組織をその足がかりにしようとして失敗した、昨年春いらいの外部からの大国主義的な干渉と分裂策動の本質を、あらためて日本国民の前にさらすだけであって、まじめな日本国民のどんな指示も受けいれられるものではありません。

 中国の文化革命についても、どのようにわたしたちが評価しそれをどのような方法であらわすかは、まったく、わたしたちの自主的な判断にゆだねられるべきもので、機関紙にかこうがかくまいが、それは外部からどうこういわれる筋合いのものではありません。もちろん、わたしたちは、わたしたちの運動の意味を理解し、あるいは理解しようとする立場からの機関紙等に関する批判や意見にたいしては、それを謙虚にききいれ、少しでもよい内容のものにするよう努力しなくてはなりません。

 しかし、中国の文化大革命を賞賛し、その立場を機関紙で明らかにし、その方向で会員と読者を指導することをしなければ反中国だ、非友好だというようないいがかりを、わたしたちは断じて認めるわけにはいきません。

 中国の真のすがたを日本国民に正しく伝えるという協会の一貫した立場は、中国の文化大革命に関しても、いささかも変わるものではありません。それはしかし、かれら壁新聞のかき手が考えているように、文化革命といわれていいる状況の中でおおきくゆれうごいている中国の実情の中から、ひとつの立場、ひとつの流れへの方向だけを特筆大書するというものとはぜんぜん別個のことがらです。

 いまさらいうまでもなく、日中友好協会は日中友好と日中国交回復の一点で多くの階層からなる日本国民を組織している団体です。機関紙「日中友好新聞」が、中国の動きを紹介する場合にも、その性格から来る原則、つまり、中国事情を日中友好運動を前進させる立場から紹介し、同時に、広はんな人びとを結集した組織の機関紙として特定の思想、信条、政派等に関して自由である立場から紹介する態度をつらぬかねばなりません。不確かな事実の無責任な羅列や、それにつられて右顧左べんするような態度は日中友好増進の姿勢ではありません。同時に、さまざまな動きの中のひとつの方向、ひとつの立場だけを是とし、その他の方向、その他の立場を秘とするような態度も広はんな国民運動としての日中友好運動を前進させることには役だちません。それは、中国の文化革命が、共産主義と革命の内容に関連していることからも当然です。

 ここで、「ひとつの立場」といい「その他の立場」というのは「プロレタリア革命左派」と「(中国共産)党内の権力派」のことをさしています。

 中国共産党中央理論誌「紅旗」本年第二号は「プロレタリア文化大革命の中心任務を突き詰めると、プロレタリア革命派が党内の一握りの資本主義の道を歩む権力派の手中から権力を奪取する闘争である」とのべています。文化革命が、中国の国家体制、党、諸機関、組織全体にわたる激しい「権力をめぐってのたたかい」であることははっきりしています。

 善隣学生会館にはり出された壁新聞が「プロレタリア革命左派」の輝かしい勝利を報道しないのは反中国であるといって「日中友好新聞」を非難しているのは、私的な偏見と悪意にみちた協会に対する攻撃です。「プロレタリア革命左派」や「党内の権力派」の一方を、わが党が支持したり、あるいは排斥することが、日中友好運動を前進させるうえで少しも利益にならないことは当然です。

 広はんな階層を組織し、国民的な運動としての日中友好運動をすすめてういる協会が、中央機関氏である「日中友好新聞」で善隣学生会館内のかき手が願望している内容で、文化革命に関する記事をのせないことこそが、日中友好運動を前進させる立場からの原則的な態度であります。ましてや「プロレタリア革命左派」といい、「党内の権力派」といい、その実体がどのようなものであるかは、なかなか捕捉できないのが現状であればなおのことです。

 さいきん、中日友好協会、中国人民外交学会、中国対外文化友好協会、新華社通信などは、これまで協会とのあいだでつづけられてきた相互資料交換を、突如として、一方的にうちきり協会本部には、文献、写真等をおくって来なくなりました。協会が、中国のこれらの機関にあてておくった機関紙や通信も、開封もされずに返送されたり、ときには赤エンピツ×印が大書されてもどってきています。このような、資料交換を一方的にうちきるというやりかたが、両国事情の正しい紹介に障害を与え、協会活動を妨げるものであることは疑いようもありません。これは、かりそめにも日中友好を口にするものの態度ではありません。

 わたしたちは、そのような妨害にもかかわらず、日本国民に正しい中国事情を紹介しなくてはならないし、その努力をしております。両国人民の相互理解を妨げているのは誰であるかは明瞭です。

 「旧日中友好協会に抗議する」という壁新聞は「日中友好新聞」が毛沢東主席の偉大さをほめたたえず、中国の社会主義の成果をいっさい毛沢東主席の偉大さに還元しないのはいけないといっております。

 たしかに、日中友好運動は、日本人民の中国人民にたいする敬愛の念をひとつのよりどころにしています。そのことはしかし日中友好運動が中国の特定指導者への盲従を旨とすることとはまったく異質のことがらです。それは日中友好協会脱走派一味らの言動としてしか通用しません。昨年春いらいの、日中友好協会にたいする大国主義的な干渉と分裂策動のねらいが、日中裕子運動を毛沢東思想への盲従運動に変質させようとして画策されたものであることを知っているわたしたちは、このような不当な言いがかりを断じてゆるしません。わたしたちは、日中両国人民の共通の利益にもとづいて、自主的に運動をすすめているのであった、中国の一部の人が考えていることをそのまま、友好運動の内容におきかえるわけにいかないのです。毛沢東主席を敬愛するのは、中国人民であれ、日本人民であれ、それはまったく個人の自由意志の問題です。

 ただしかし、敬愛のおしつけや、毛沢東理論を友好運動の指導理論としなければならないという類の独断的な偏見や、そこからくる運動の歪曲と協会への干渉は、これを認めるわけには断じていきません。

 わたしたちは、日本軍国主義の中国侵略にたいする反省のうえにたって、とくに戦後十七年のあいだ、日中友好と日中国交回復のためにふんとうしてきました。五万余の全国の会員のふんとうによって、いま、歴史的な第十六回大会が成功しつつあります。この厳たる事実は、いかなるひぼうや中傷、妨害や破壊によってもくずされません。(「日中友好新聞」一九六七年二月二十七日)


(日中出版「1977年3・4月合併号中国研究80号」資料8)

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