「赤旗」1967年5月4日付の文化欄に掲載された、記事二編。宮森繁著「実録中国『文革』礼賛者たちの節操」(1986)によれば、林健太郎氏がこの記事を読んで、1967年5月15日付けの読売新聞「東風西風欄」に、「少なくとも一階の日中友好協会事務所前の乱闘事件については、中共側が攻撃者であったことはまちがいないようである。」と書いたということです。林氏ほどの方がそのような感想を持ったということで、この記事が非常に「説得力」のある文章であることは間違いないかもしれません。ちなみに、私はこの文章を読んで、林氏のような印象を持ちませんでした。

 ところで、国会図書館の読売新聞の縮刷版の1967年5月15日の朝夕刊を探したのですが、林健太郎氏の「東風西風」欄は見つかりませんでした。日付が正しくないのか、探し方が悪かったのか、あるいは、読売新聞にはいくつかの版があり、この欄の載っていないものもあるのでしょうか。

2000年9月18日 猛獣文士

 [追記]「大阪の人さん」の調査に基づき、再度、国会図書館の新聞縮刷版を探したところ、「東風西風」コラムが見つかりました。

2000年10月8日 猛獣文士


井上清の中傷に答える

目 次
厳然たる事実にもとづいて
自主的立場に立った学術交流を


厳然たる事実にもとづいて
山下文男

 日中友好協会本部襲撃事件にかんするいわゆる三十五氏の文化人声明に、その一人として名を連ねている井上清氏から、私は、四月二十八日、一通のはがきを受け取りました。

 「三十五氏」に期待したもの

 いわゆる「三十五氏声明」については、この声明の内容が事実にもとづかず、デマを基礎にして、わが党と日中友好協会を、おおやけに一方的に非難、攻撃しているので、わが党は「赤旗」紙上において、事実にもとづいてこの声明に反ばくし、文化人三十五氏のわが党と日中友好協会にたいする非難がきわめて不当なものであること、このような不当な非難にたいして、党は、あくまでも真実をまもり、たたかうことをあきらかにしてきました。同時にわが党は、三十五氏のなかには、一部在日華僑学生や日中友好協会から脱走した分裂主義者の事実をわい曲した一方的報告を信じて善意から署名にくわわった人、また声明文案をしめされず、それをたしかめもしなかったために、真実に反して、あのような一方的な声明に名を連ねるようになってしまった人、人間関係などのために心ならずも署名者として名を連ねてしまった人、三十五名といっても、そこは「声明」を組織した人と、組織された人があること等々を考慮して、これらの人たちが、一部華僑学生らのいい分や資料だけでなく、日中友好協会やわが党のいい分や資料も検討して、できるだけ公平に事実を調査できるようにとの願いから、「赤旗」にこの事件についての重要な記事や論文が出るたびに、それをわけへだてなく、いろいろなかたちで三十五氏全員に、その都度送付してきました。

 党としては、なによりもこの人たちが、事実を調査し、事実にもとづいて、みずからの署名した「声明」が正しいものであったかどうかを検討してもらいたいと思ったのです。そのうえで、もし「声明」が誤りであることに気づかれるなら、あるいは自分の真意に反するものであることに気づかれるなら、なんらかのかたちでそのことを表明してもらいたいと思ったのです。

 とにかく、こういうわけで三十五人の一人である井上清氏にたいしても、この事件についての重要な記事や論文の載った「赤旗」が出るたびにそれを送っていました。そして、その発送は私が担当し、私の名義で送っていました。それで、これを受取った井上氏から私あてにはがきがきたというわけです。

 ところで井上氏のはがきには、きわめて重要なことがいくつか書かれています。重要といっても、それはあまりにもばかばかしいデマや中傷なので、卒直なところ、こんなはがきは無視しようかと思ったのですが、考えてみるとそうもいきません。なぜなら、井上氏は、このはがきに書いているようなことを方々でしゃべり歩いているかもしれないし、「歴史学者の井上清氏」の語ることともなれば、事情をよく知らない人のなかには、これを信ずる人もいるかもしれないと思うからです。そこで私は、つぎに井上清氏からの私あてのはがきの全文を、一字一句、そのままに紹介し、これについて私の考えをのべることにします。

 (井上清氏からの山下文男あてのはがき全文)

 私の所へ善隣学生会館問題についての記述・論評ののった「赤旗」を送って来るのは、それによって真相をさとれという意味なのか、日共はこの通りおまえたちを攻撃してやるぞ、恐れ入れ、という意味なのか知りませんが、いずれにしても無駄なことです。私の方で貴方に質問したい。貴方は心の底から本当に中国人学生が「友好」協会を襲撃したとか、事務局員を二日もかんきんしたとか信じていますか?「日中友好」とマジックで書きなぐったヘルメットをかぶり、殺人鬼のようなすごい形相をして角棒で中国人をなぐりつけ半殺しにするのが「真の日中友好」と、あなたは本気に思っていますか。共産党の役人としての立場上、そう思っているような顔をするだけですか。私などのことを、事実を調べもせずに国際盲従したやつという前に、あなた自身、本当に真実を調べたことがありますか。私は共産党が、北京シンポジウムを破壊するために、赤旗紙に根も葉もないデマをのせ(座談会における原善四郎の発言)ているばかりでなく、驚くべきことには法務省入国管理局と通謀している事実さえも、最近つかみました。また、私たちの三十五人の声明参加者を脱けさせるため、池袋の東声会というごろつき集団すらも利用して脅迫したり、三十五人は中共から金をもらって最近金使いが荒いなどと、デマをとばしていることも確証をにぎっています。下品、低劣、腐敗もここまで来たか嘆いています。こういうこと、あなたは知っていますか。

 以上が井上氏のはがきの全文です。

 「むだなこと」といういい分

 まず、井上氏が「赤旗」を送ってくるのは、真相をさとれという意味か、「お前たちを攻撃してやるぞ、恐れ入れという意味なのか」いずれにしろむだなことだとのべていますが、前に書いたように、「赤旗」を送っているのは、井上氏らに一部華僑学生らの一方的ないい分だけではなく、党の側のいい分もきいてほしいし、事実をもっと調べてほしいと思うからこそ送っているのであって、「恐れ入れ」などというケチな根性で送っているものではありません。しかし、井上氏に、「赤旗」を読むことによって、少なくともわが党がこの事件について何を主張しているのかさえ知ろうとする心のゆとりがないのなら、また、客観的に事実を調査しようとする気持ちがないのなら、これからは送らないことにします。

 ただ、こういう態度は、歴史学者井上清として、いったいどういうことなのかと問わざるをえません。好ききらいは別としても、もし井上氏に事実を探求し、事実のもとづいて発言しようという学者らしい態度があるなら、「無駄なこと」だなどといわないで、この事実についての「赤旗」を読むくらいの冷静さをのぞみたいものです。井上氏は、そのような客観的な態度も、事実を尊重する態度も、また心のゆとりも、なにもかも失っているからこそ、私にたいして、きわめて高圧的にふるまって、いくつかの質問をしています。

 私は井上氏にはっきり答えたいと思います。

 調査を行ない証拠も見て…

 私は「心の底」から、一部華僑学生と日中友好協会から脱走した分裂主義者、対外盲従分子たちが、日中友好協会の本部を襲撃し、事務局員を監禁したと信じています。井上氏は私を「共産党の役人」と呼び、「そう思っているような顔をするだけですか」といっていますが、私は、井上氏とちがって、公務員ではないのですから「役人」と呼ばれるおぼえはありません。また私には、信じていないことを信じているような顔をしなければならないなんらの理由もありません。文字通り、まさに、私はそう信じているのです。なぜなら、それは、真実――客観的な事実だからです。井上氏は、自分のことはタナにあげて私に説教し、「あなた自身、本当に真実を調べたことはありますか」といっていますが、これもはっきりいいましょう。私は「真実を調べ」ています。

 私は井上氏などとちがって、わが党や日中友好協会で出している関係資料はいうにおよばず、「日本と中国」「東風」「華僑報」その他、立場のちがうものでも「無駄なこと」だとはいわないで、できるだけ入手につとめ、ほとんど全部を読んでおります。それだけではなく、私は「善隣学生会館」の現場にも足をはこび現地調査もやっています。

 私は、党を信じているからだけでなく、こういう事実調査によって、日中友好協会の本部が襲撃されたこと、協会の人たちが監禁されたことを確信しているのです。

 この事件についての争点の一つになっているのは、どちらが、どちらを襲撃したのか、ということです。一部華僑学生や日中友好協会からの脱走分子は、あたかも日中友好協会の側の人たちが、かれらを襲撃したように書きまくっています。「日共反中国暴力集団、善隣学生会館を襲撃」(「日本と中国」紙)「武装した暴力団、後楽寮を襲撃」(華僑報)というのがかれらの主張です。いわゆる三十五氏の文化人声明も、この立場に立つものです。

 井上氏に見せたい証拠物件

 しかし、これは全然デタラメな主張で、まっ赤なウソです。

 第一、善隣学生会館も後楽寮も襲撃されていません。襲撃されたのは、この会館の一階のすみにある日中友好協会の事務所なのです。これは厳然たる事実です。このことを裏付ける証拠はたくさんありますが、井上清氏に「ぜひこれを見せたい、見てもらいたい」と思うような証拠物件があります。その証拠物件というのは、現在日中友好協会の一室に保管してありますが、それはついこのあいだまで、すなわち華僑学生らによって襲撃されるまで、日中友好協会の事務所の入口にあった鉄わくのドアと、襲撃のとき華僑学生たちがこのドアを破るために使用した約九メートルの丸太ん棒です。この鉄わくのドアと九メートルの丸太ん棒は、華僑学生らの日中友好協会本部事務所にたいする襲撃が、いかにすさまじいものであったかを雄弁に物語ってくれます。一口に鉄わくのドアといっても、それはおとなが二人がかりでないともちあがらないような重いドアです。このドアが「く」の字形にまがっています。なぜかというと、華僑学生らが、このドアを破って日中友好協会の事務所に押し入るために、ドアの中ころをめがけて、丸太ん棒でドスン、ドスンと突いたためです。もちろんこの丸太ん棒も相当なもので、一人ではとても「弁慶」といえども、かかえあげられるようなしろものではありません。そのとき、事務所の中にいて、必死になって、これを防いでいた人の語るところによると、十数人でこの丸太ん棒をかかえ、一定の距離をおいたところから、ちょうど、つりがねでも突くようにドスンとやり、またはなれてはドスンとやる、というようにしたために、こんなにまげられてしまったのだそうです。ペンキがぬってあるので、写真を見ると木のドアのように見えますが、わくだけでなく下半分が全部鉄で、そうでもしなければ、とても簡単にはまがりそうには思えない、重くがん丈な鉄わくのドアなのです。

 こうしてこのドアは使いものにならなくなって、いまは、はずされ、証拠として保存されているわけです。私はこの証拠物件を実際に見、手でさわり、持ちあげようともしてみました。

 もし、井上氏がいうように日中友好協会の側の人たちが華僑学生らを襲撃したというのなら、鉄枠のドアがこんなに無残にまがるはずがありません。それとも井上氏は、日中友好協会の人たちが、自分のドアを自分で破壊したというのでしょうか。まさかそんなことはいえないでしょう。

 華僑学生らは、このドアを破壊し、突破できないとみるや、つぎには、事務所の入口にバリケードをきずきました。中に監禁されていた日中友好協会の人たちが、危険を防ぐため、窓から入れてもらったヘルメットで身をかため、華僑学生らの監禁から脱するためバリケードをつきやぶる行動に出たのはこの後のことで、そのとき、華僑学生らの側から写した写真をもって、あたかも日中友好協会の側の人たちが外から、華僑学生らの本拠に襲撃をかけたかのように、かれらは宣伝しているのです。事実をわい曲した写真説明をつけて、それをやっているのです。

 こういう調査をおこない、証拠まで見ている以上、私が、華僑学生らが日中友好協会の事務所を襲撃したと信ずるのは当然のことであり、また、そういう党や日中友好協会の事実経過の説明と主張を心から正しいものと信じ、支持しているのは当然のことではないでしょうか。

 勉学を妨げているものは?

 私が井上氏に見せたいと思うような証拠はまだあります。井上氏らは、その「声明」のなかでわが党を非難し、「相手は、合法的に日本に在住する中国人の子弟である学生であります。安んじて学業に励むことができるよう、あらゆる力をつくしてこそ、日中友好の実をあげることができるはずでありましょう」と、あたかも、日中友好協会やわが党の側が、華僑学生らの勉学を妨害しているかのように書いていますが、これがまったく、事実にもとづかないデタラメな非難であることをしめす証拠が、ちゃんとあります。日中友好協会事務所を封鎖するためのバリケードに使用された机です。この机の大部分は、かれらが善隣学生会館内の日中学院から持ち出してきたものです。これは、かれらがみずから勉学を放棄していること、また、中国語を学ぼうとしている日本人学生たちの勉学を妨害していることをしめす証拠であっても、日中友好協会やわが党がかれらの勉学を妨害した証拠ではありません。だいいち、かれらの住む三階、四階にたいして、日中友好協会側はゆび一本さしたわけではないのですから。ついでにいえば、日中学院の四つの教室は、あの事件以来、札つきのトロツキストたちのたまり場になって、彼らがそこに寝起きしていること、そのため日中学院も倉石中国語学院も、ここでは授業ができず、外でやっていることも井上氏は知るべきです。そしてこのような事態の責任は、教室を占拠しているものにあって、日中友好協会にも、もちろんわが党にも何ら責任がないこと、したがって、この点でも井上氏らの非難は、不当なものであることを知るべきでしょう。

 事実を調べない「国際盲従」

 なんどもいうようですが、この事件については、事実を調べることが何よりも重要です。その一つとして、事件の起こった現場にいって、実際に見ることを私は井上氏にもすすめたいと思います。日中友好協会の人たちは、だれにたいしても危害をくわえないし、静かに事の経過を説明し、問題の証拠物件も見せてくれます。もし、井上氏が、華僑学生らのデマを信じて、日中友好協会の人たちを「暴力団」あるいは「暴力分子」だと思い込み、危険だというふうに、ほんとうに考えているのなら、私がいっしょにいってもよいと思います。あそこにゆけば前に書いた物のほかにも、さまざまな証拠物件を見ることができます。また、華僑学生らの妨害のため、今日でも日中友好協会は、自分の会議室にすら、自由に出入できないでいることを実際に見ることができます。

 こういう調査をおこない、証拠を見ることは、けっして「無駄」なことではないはずです。とくに事実を調査し、事実にもとづくということを根本とする歴史学者であるからには。

 井上氏は、「国際盲従」についてもなにかいっていますが、このはがきの内容そのものが、井上氏の「盲従」ぶりを裏づけるものです。日本の党のものは、その資料さえも、これを「無駄」なことだとする態度、中国の「人民日報」や「北京放送」とまったくおなじような非難を投げかけて、すくなくとも公平にものをきこう、調べようとしない態度、これこそ「国際盲従」というものだと私は思います。

 「北京シンポジウム」「破壊」のための原善四郎氏のデマうんぬんも、別に吉原次郎君が書いているように、井上氏のいうことは、けっして真実ではありません。

 法務省入国管理局と通謀しているとか、三十五名の「声明」参加者に、池袋の東声会というごろつき集団を利用して脅迫しているというにいたっては、なんの根拠があって、またどういう証拠があって、井上氏はそういうことをいうのか、私ははっきりしたことをききたいものです。だれがそんなことを井上氏にいったのか?「通謀」しているという人はだれとだれなのか?東声会のなんという人間が、わが党のだれに依頼されて、どこで、なんといって脅迫したのか?私たちはそういう人間がいるというなら、そして、そういう事実があるというなら、対決させてもらいたいと思います。

 しかし、井上氏がいくら力んだところで、そんなことは、できないでしょう。そういう「通謀」も「脅迫」もないのですから。私たちは、日本共産党の路線の問題でも、また、いわゆる「襲撃事件」についても、確信をもっています。真実はわが党の側にこそあるし、後世の歴史家は、かならず、それを認めるだろうと信じています。いや後世を待つまでもなく、時間に経過にしたがって、しだいに多くの人たちが、それを認めてきています。したがって私たちは、「通謀」だとか「脅迫」だとかいういっさいの卑劣な手段を必要としません。このことについては井上氏はよく知っておくべきでしょう。

 井上氏と「造反団ニュース」

 井上氏は「三十五人は中共から金をもらって最近金使いが荒いなどとデマをとばしている」ともいっていますが、これも同じことで「確証」をにぎっているなら、それを出すべきです。

 ただ井上氏とは直接関係がないでしょうが、日中友好協会の脱走派のなかに、中国の「紅衛兵」をまねて結成された「造反団」が、「造反団ニュース」第二号(二月十四日付)のなかで、「誰も知らない協会財政」という題で、つぎのように書いたことがあります。

 「誰も知らない協会財政」
 「分裂してから三ヶ月、そのあいだに拡大常任理事会は、三回ひらかれ、会員の本部執行部にたいする批判は、大いにたかまった。しかし不思議なのは、財政がどうなっているのか質問もないし、執行部は説明をしようともしていない。まだ会員の数は多くなく、しかし全国への宣伝活動などで、出費は多いだろう。あの立派なビルも家賃はどうなっているのか。事務局員の給料はどうなっているのか。あれも、これも、気になることが多いのに財政部は大丈夫なのか。会員のあいだでは「協会の財政には手をふれるな」という声がある。三好事務局長は「金づる」をにぎって、そのルートは常務会でも知らないという。常任理事会に財政を報告できない大衆組織が、どのように変質するか、われわれはよく知っている。あやしげな財政の実体を明かにしよう。具体的な事実を次号から発表していこう」

 井上氏は私をあなどって、いいたい放題のことをいっていますが、「こういうことをあなたは知っていますか」。念のためにいうなら、「具体的な事実」は、その後も、いっこうにあきらかにされていません。

 私たちは三十五名の人たちについて、いかなるデマもとばしたことはありませんが、脱走派のなかでは、脱走派の人たちについて、デマかほんとうかはわかりませんが、こういうことがいわれているのです。脱走派の一人である井上清氏は、問題にするなら、そちらの方をこそ問題にすべきでしょう。そして、「造反団」のいっていることが根拠のあることなのか、ないことなのかを、ぜひあきらかにしてもらいたいものです。

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自主的立場に立った学術交流を
吉原次郎

 わたしは、党中央で学術関係の仕事にたずさわっているものの一人として、さきに井上清氏が、三月六日、東京・赤坂の都市センターホールの集会で公然と「善隣学生会館問題」について共産党攻撃の演説をおこなったときに、その「反逆の論理」を批判しましたが、このたび同僚の山下君にあてた井上氏のはがきのなかに、北京科学シンポジウムについて「赤旗」の座談会の記事を非難したことばがあるので、ふたたび井上氏に反論せざるをえません。

 はがきのなかで井上氏はつぎのようにのべています。

 「私は共産党が、北京シンポジウムを破壊するために、赤旗紙に根も葉もないデマをのせ(座談会における原善四郎の発言)ているばかりでなく、驚くべきことには法務省入国管理局と通謀している事実さえも、最近つかみました」

 井上氏のいっている座談会とは、「赤旗」三月三日と四日に連載された「日本の科学の自主的民主的発展と国際交流」のことでしょう。これ以外に北京科学シンポジウムにふれた座談会はことしにはいって一つもないからです。

 この座談会の出席者は、日本学術会議会員の平野義太郎氏(法律学)と高橋碵(?)一氏(歴史学)、明大助教授の渡辺睦氏(経済学)、東大助教授で日本科学者会議常任幹事の原善四郎氏で、日本の科学の自主的民主的発展という民主的科学者の共通の目標からみて、学術の国際交流について、どのような立場をとらなければならないかを語りあったものです。

 「北京シンポジウムのときも、シンポジウムのやりかたについて、あるいは個々の論文についても、中国側からの意見がありました。学術会議で学者が提出した論文に大幅な改変を要求してくるということは、ちょっと珍しいことですが、代表団のほうでは、字句上の修正はしても、ここからさきは直すことはできないというように、自主性を損なわない立場でやってきました。これが極端になって、こういう論文でなければいけないというふうなことになったらたいへんだと思います。

 北京シンポジウムは準備会議コミュニケに平等、相互尊重、相互支持という原則をはっきりうたっておりましたから、悪い例にはならなかったのですが。私は北京シンポジウム日本代表団の事務局長をやりましたし、いま日本連絡所の仕事をしていますが、今後そんな問題がおきなければいいがと思っています」

 さて、この文章のどの点が「根も葉もないデマ」なのかを井上氏におききしたい。

 井上氏も知る論文訂正要求

 私は北京科学シンポジウム当時の関係者にいろいろたしかめてみましたが、原氏がここにのべられていることは、まったく事実そのものです。それだけではなく、井上氏自身も中国側の論文訂正要求は不当であると主張したのです。井上氏はこのことを忘れたとでもいうのでしょうか。

 原氏はこの座談会で、なお必要な節度をもって、具体的な事実の記述をひかえていますが、あえて井上氏が証拠でもあげよというのならば、われわれの側はいつでもそれに答えることができます。またその事実は、北京科学シンポジウム日本代表団の副団長であった井上清氏自身もよく知っていることなのです。井上氏自身、この原氏の発言に憤激されるのなら、なぜ直接に原氏に問いただそうとしないのでしょうか。

 私は、最近、京都の北京科学シンポジウムに関係した学者のかたから、「ああいう事実を現在、日本の連絡所をやっている原氏が公表するのは、北京科学シンポジウムの運動をすすめるうえのうまくないのではないか」という意見をききました。そういう疑問ならありうることです。

 しかし、この原氏の発言は中国にけんかを売るためにされたのではなく、今後の学術交流にさいして、われわれが自主的、民主的立場をまもって運動をすすめてゆく必要を強調するために過去の教訓にふれたものであり、これこそこの座談会の中心課題の一つにほかなりません。

 井上清氏も、この座談会の記事で、原氏の発言のまえに歴史家の高橋碵一氏がつぎのようにのべているのを読んでいるはずです。

 「国際的な学術交流は、大きく学者を統一した運動を基礎にすえる必要がある。国際交流の自主的な態度が練られて練られて確立して、その上に立って、いくにせよ迎えるにせよ学術交流の運動をすすめるべきだと思います。

 いま、先方にこばまれると研究資料の交換ができなくなって困るという心配が出ていることも事実でしょう。とくに自分が生涯をかけた研究分野の資料が入手できないとなれば、研究者としては悩みも大きいわけです。しかし、そのために学問の根本ともいうべき自主的態度を失ったら元も子もなくしてしまう。資料がはいるかどうかより、歴史家の歴史をつかむ姿勢がくずれることの方がもっとおそろしい」

 ここで高橋氏がいわれていることは、すくなくとも、日本の民主的科学者として、正当な自尊心をもち、自主的研究態度をつらぬこうと努力している人びとにとって、現在の情勢のもとで、一致して再確認すべき心がまえといっていいでしょう。さきの原善四郎氏の発言は、この高橋氏のことばをうけつぎ、過去の経験について言及したものとして、まったく適切な発言であったと考えます。

 デマをかきたてる側の品性

 現在、学術の分野においても、国際交流の問題はさまざまな困難をともなっており、研究者の自主的態度をつらぬきながら、これに正しく対処してゆくことが、これまでになく強く要請されています。

 井上氏が「根も葉もないデマ」として非難した原氏の発言もふくめて、われわれは、いま、あらためてこの座談会から多くのものを学びとり、日本の科学の自主的民主的発展と国際交流の前進に正しく貢献するため、研究と討論と実践を力づよくすすめていかなければならないときです。

 井上清氏は、中国から夫妻で招待をうけ四月に訪中するとの話をきいていましたが、文部省の許可はあったが法務省で許可されず、訪中できなかったということもきいています。これらのことは井上氏自身がふれまわっていることです。しかし、日本共産党がこともあろうに敵権力機関である法務省と通謀しているというような、それこそ「根も葉もないデマ」は、まったく許すことができない性質のものです。これが井上氏の訪中問題と関係があることかどうかはしりませんが、これは、公党としての日本共産党の名誉をきずつける重大な侮辱です。

 こういうデマ宣伝は、とりもなおさず井上氏自身の品性についていっそう大きな疑惑をかきたてることにしか役立たないでしょう。

(赤旗1967年5月4日6面)

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